有害物質

<はじめに>

 一般に「実験室にある薬品のほとんどは人体に対して何らかの害を及ぼす」と言っても過言ではない。特に毒性が強く危険度の高いものは法令で規制を受けているが、実験室ではそれ以外の有害な化学物質や毒性物質を用いることも多い。従って化学物質を用いる実験を行う際には普段より実験台とその周囲の整理整頓を心がけるとともに、取り扱う物質の物理的・化学的性質や取扱い法を事前に熟知しておくことが望ましい。

<危険薬品の取扱いの際の危険の予防>

(1) 危険薬品の区分

 人体に対して危険とされる薬品は大まかには「有毒性」「有害性」「強酸性」「腐食性」の4通りに区分される。これらの化学物質による健康障害を予防するには環境管理と健康管理が不可欠である。環境管理は実験室内の空気中有害物質の濃度抑制と実験者の体内への有害物質の取り込み量の抑制を目的とする。具体的に行うことは、(a) 化学物質の貯蔵管理、(b) 操作時の安全対策、の2点である。また健康管理は実験者の体調不良を早期に発見して速やかに治療を行わせるためのものであるが、同時に健康障害の原因を突き止めて環境管理のやり方を改善するためのものでもある。

(2) 毒性予測

 化学物質を取り扱う場合にはあらかじめその物質の物理的化学的性質と毒性・健康障害の起こり方を事前に調査するべきである。化学物質の毒性は単に毒性の強弱のみではなく、吸収された総量にも依存する。また固体粒子よりも液体の方が皮膚への障害が強い。さらに沸点の低い毒性化合物の場合には特に取扱いにも注意をしなければならない。化学物質の毒性を表す単位としては次のものが使用されている。

 (a) LD50(半数致死量)とLC50(半数致死濃度)

   実験動物の半数を死亡させる化学物質の量または濃度。投与方法には経口投与経皮投与、注射(静脈、皮下、または腹腔内)、及び吸入投与が行われる。LD50 は体重当たりの化学物質の量( mg/kg )で表現され、LC50 はある曝露時間における動物の半数を死亡させる空気中濃度( ppm )で表現される。LC50 には曝露時間が明記されている。

 (b) 許容濃度

   作業環境空気中の化学物質の濃度で、この濃度以下ならば連日曝露されている実験者の大多数に健康障害が起こらない濃度と考えられている数値。米国の ACGIH( American Conference of Governmental Industrial Hygienists )では約650種の化学物質について TWA と STEL の2種類の許容濃度を設定している。また、わが国では日本産業衛生学会が約 100 種の化学物質について許容濃度を設定している。

      TWA : 1日8時間曝露の労働における時間加重平均濃度

      STEL : 15分以下の短時間曝露の場合の許容濃度

    許容濃度は慢性中毒を予防するために設定されている数値であるが、感受性の強い人ではこの濃度でもなお健康障害が起こることがある。また、物質によっては健康障害よりも悪臭や目・鼻への刺激の度合いに応じて数値が設定されているものもある。

    許容濃度の具体的数値については別表2.1(p.28)を参照のこと。

(3) 予防対策

 (a) 環境測定

   一般に化学物質による空気汚染の程度は、空気中の濃度を測定することによって確認できる。

  ・においによる感知

    人間の嗅覚は感度が高く、多くの化学物質の検知に有効である。実験室内で化学物質の臭いを感知した時には過剰曝露になる前にすみやかに適切な対処を行うべきであるが、物質によっては臭いを感知できる濃度よりも許容濃度の方が低値のものもあるので注意が必要である(別表2.2(p.29) 参照)。また硫化水素などではにおいを感知する前に嗅覚神経が麻痺してしまう。

  ・検知管法

    有毒ガス濃度の測定には操作が簡単で迅速に測定できる検知管が最も広く用いられている。検知管は単一の物質の測定を目的としたものであるから、選定する際には測定目的に適合しているかどうかを確かめなければならない。また、使用する際には添付されている説明書を熟読する。

  ・機器分析

    実験室内の化学物質濃度を正確に測定する手段であるが、それぞれの物質に応じて分析定量法が異なる。

 (b) 十分な換気

   実験室内で発生する揮発性化学物質の濃度を抑制し、実験者に対する曝露を防ぐためには実験室の換気が不可欠である。また特に、毒性ガスを使用したり、毒性ガスの発生が予想される実験を行う場合には必ずドラフトなどの中で実験を実施するべきである。

 (c) 保護具の着用

  ・目および顔の保護

    実験室内での作業では危険な薬品や粉末、ガラス破片などが眼に飛来することが多い。このような事故はしばしば視力障害や失明につながるため、実験室では常に適当な眼鏡やゴーグルを着用することが望ましい。実験内容によっては顔面全体を保護するようなマスクの着用も必要になることがある。

  ・身体の保護

    保護衣

      腐食性化学物質から身体や衣服を保護するために、実験実施にあたって白衣・作業衣などを着用する。機械的な危険を伴う場合にはゴムまたは皮革製のものが好ましい。ただし、合成繊維の保護具は一般に静電気の発生を伴いやすいので、引火性液体や可燃性ガスの取扱いの際には好ましくない。

    保護手袋

      通常の実験においては手袋は使用しないが、高温物質の取扱いや腐食性物質の取扱いの際には手袋を着用する。特に腐食性の物質を取り扱う際にはゴム製の手袋が好ましい。布製の手袋は試薬が染み込んだ場合に被害を大きくすることがあり、かえって危険である。細かい指先の作業を必要とする場合は、手術用の薄手のゴム製手袋がよい。

    保護面

      爆発性や腐食性の強い試薬を扱う場合に使用する。防災面または防爆面ともいわれる。

  ・呼吸保護具の着用

    有害な粉塵やガスの発生する作業や、有毒ガス・煙・または酸素欠乏など直接生命に危険のある場合の進入や脱出時に使用する。防塵マスク・防毒マスク・送気マスク・自給式呼吸器(酸素ボンベ)・酸素発生式呼吸器などがある。

    (1) 防塵マスク

      発生する粉塵などを吸入することを防ぐマスク。

    (2) 送気マスク

      供給源よりホースまたは呼吸管などを通して呼吸空気を着用者に送気するもの。

    (3) 防毒マスク

      空気中に含まれる有毒ガスを、吸着剤に吸着させて除いた空気を吸入させる保護具。防毒マスクは有毒ガスの種類によって吸収剤の種類が異なる。特にハロゲンガス用、一酸化炭素用、有機ガス用、アンモニア用、亜硫酸ガス・硫黄用の5種類は国家検定があり、これに合格したものを用いなければならない。

    (4) 自給式呼吸器(酸素呼吸器と空気呼吸器)

      高圧酸素容器または高圧空気容器から呼吸に必要なだけの酸素または空気を吸気管内に減圧放出し、面体を通して着用者が吸入する方式のもの。

    (5) 酸素発生式呼吸器

      容器内で含酸素化合物の化学反応により酸素ガスを発生させ、これを呼吸する形式のもの。

<一般的な薬害救急法>

(1) 皮膚に試薬が付着した場合

 大量の水道水で洗うなどして、その物質を速やかに適切な方法で除去せねばならない。その際に局部をこすってはならない。物質によっては水を注いではならないものもあるので注意を要する。

(2) 目に入った時

 試薬類が目に入ることは眼鏡をかけることによりたいていは防げるが、万一入った場合は直ちに洗面器に水道の水を流しながら、顔ごとつけて目をパチパチして十分に  洗う。あるいはホースやゴム管を水道につなぎ、水を上向きに噴出させて目を洗うのもよい。けっして目をこすってはいけない。洗眼後もなお痛みのある時はすぐに眼科医へ行き手当を受ける。医者には目に入った試薬の名をはっきりと告げることが大切である。

(3) 吸入した時

 直ちに新鮮な空気の場所に移し、静かに寝かせる。顔が青白く唇や爪が紫色になった場合や、呼吸器を刺激するガスを吸入した時には、特に酸素の吸入が必要である。なお、救助者は不用意に無防備で汚染環境に飛び込まないこと。

(4) 飲み込んだ時

 (a) 患者の意識がある場合の応急処置

   食塩水( 1:5 )あるいは温せっけん水などをコップに5杯ぐらい与えて、吐かせる。または指をのどの奥に突き込んで胃の内容物を吐かせる。この処置を少なくとも3回繰り返す。毒物に対する解毒剤がはっきりわかっていればそれを飲ませる。チオ硫酸ナトリウムは多くの場合に解毒剤として有効である。毒物がわからない時は吸着剤を飲ませるのもよい。活性炭(2部)・酸化マグネシウム(1部)・白陶土(1部)・タンニン酸(1部)の混合物を茶さじ山盛り1杯、コップ1杯の水に浮かべて飲ませる。毒物が吐かれて胃が空になったら、牛乳・生卵・湯でねった小麦粉などを与え、横に寝かせて安静にする。

   重金属を飲み込んだ場合には、牛乳・卵白・タンニン酸などを与えて胃内の重金属を吸着させる。キレート剤も有効である。重金属の毒性は主としてそれが酵素のSH基と結合するために生ずる。従ってこの重金属−SH結合に対して競争的に結合するキレート剤は重金属による中毒に有効である。重金属とキレート剤との錯体は水に易溶なため、容易に腎臓から排泄される。なお、キレート剤を与えるとともに、輸液( 10 %デキストロース、20 %マンニトールなど)による利尿もはかる。ただしカドミウムの場合にはキレート剤により腎障害が更に悪化するので、キレート剤は使用しない方がよい。また有機鉛そのものに対してはキレート剤は無力である。なお、キレート剤は生体に必要な金属までキレート化するので注意を要する。

 (b) 飲み込んだ毒物が不明の場合

   環境・実験の様子・薬品の容器・皮膚の着色・呼吸の臭気などを参考にしながら毒物を早期に特定し、適切な処置を行う。

(5) 安静と保温

 薬害のみに限らず、火傷の場合でも重態になった患者は、医者に任せるまでは安静と保温が大切である。胸や腹を圧迫せぬように衣服をゆるめ、あるいははさみ等で切り取り、寒くないよう十分に保温する。あまり重い症状に見えなくとも、少なくとも数時間は安静が必要である。ハロゲンや二酸化イオウのように肺水腫を起こすおそれのある被害の時は、人工呼吸はかえって好ましくない。

(6) 意識を失った場合

 (a) 呼吸が正しければ、安静にして医者を待つ。顔面蒼白なら枕をはずしてやる。

 (b) 無理に意識をさますようなことはしない。

 (c) 気管に異物が入ってのどを塞がないよう気をつける。舌・入れ歯なども危ない。注意深くこれを引き出し、顔を横に向けてあおむけに寝かせる。口からは何も与えない。

 (d) 顔面蒼白で唇や爪が紫色になったら、酸素吸入を行わせる。5%ほど二酸化炭素を含んだ酸素がよい。100%酸素を直接に吸入すると、呼吸中枢の麻痺が助長される。

 (e) 呼吸が止まったら、人工呼吸をする。(ただし、不必要な人工呼吸はむしろ安静を妨げる)。緊急の場合の人工呼吸は口移し法がよい。

 (f) 心臓が止まったら、心臓マッサージをする。

<有毒有害物質の分類と取扱い>

 有毒性物質はその形状や毒性の程度により「毒性ガス」「毒物」「劇物」に区分される。また、人体に対する毒物・劇物の薬害の性質は、大きくわけて刺激性のものと中毒性のものに大別される。刺激性薬品は付着・吸入などにより皮膚・眼・粘膜・のど・呼吸器などを刺激し、炎症・腐食・腫瘍・出血などの薬傷を与える。特に呼吸器の場合、重症なら窒息死する。また中毒性薬品は吸入・飲み込み・皮膚吸収などによりさまざまの中毒症状・まひ・各種神経障害・失神などを起こす。こちらの場合も重症になると呼吸停止を伴い、中毒死することもある。有毒性物質はこれらの害が短時間に同時に強く現れる。一方、有害物質はこれらの障害が比較的軽微に慢性的に現れることが多い。

(1) 毒性ガス

 毒性ガスとは許容濃度が 200 mg/m2 以下の室温で気体のものであり、ホスゲンやシアン化水素などがこれに該当する。

 【種類】

  (a) 許容濃度 0.1 mg/m3 以下

    フッ素、ホスゲン、オゾン、アルシン、ホスフィン(リン化水素)

  (b) 1.0 mg/m3 以下

    塩素、ヒドラジン、アクロレイン、臭素

  (c) 5.0 mg/m3 以下

    二酸化硫黄、フッ化水素、塩化水素、ホルムアルデヒド

  (d) 10 mg/m3 以下

    シアン化水素、硫化水素、二硫化炭素

  (e) 50 mg/m3 以下

    一酸化炭素、アンモニア、エチレンオキシド、臭化メチル、酸化窒素、クロロプレン

  (f) 200 mg/m3 以下

    塩化メチル

 これらを吸引すると一般に窒息症状を起こし、毒性の強い物の場合には皮膚・粘膜を刺激する。特に濃厚ガスを吸い込むと瞬時に意識を失い、避難できないことがある。

 【一般的防護法】

  (a) 実験室に換気設備(ドラフト)を設置し、毒性ガスを用いる実験や毒性ガスの 発生する可能性のある実験は必ずその中で行う。

  (b) あらかじめ毒性ガスに対応した防毒マスクを準備し、実験時に着用する。

  (c) それぞれの使用ガスの事前調査を行い、漏れ感知・警報機等の設置を心がける。

  (d) 万一の場合に備えてそれぞれの毒性ガスに対応した解毒剤・応急措置法を熟知しておく。

(2) 毒物・劇物

 毒物とは経口致死量が体重 1 kg につき 30 mg 以下の物質であり、水銀やシアン化ナトリウムなどがこれに該当する。劇物とは経口致死量が体重 1kg につき 30〜300 mg のものであり、硝酸やアニリンなどがこれに該当する。有毒性物質は、蒸気や微粒子として呼吸器官から、水溶液として消化器官から、また接触によって皮膚や粘膜から吸収されるので、対応した処置が必要である。また、特定有害物質は一般に蓄積毒性のものが多く、長期にわたって使用する時には十分な注意が必要である。

 【有毒性】

  吸収毒性を主体としたもので、吸入の許容濃度 50 ppm 未満、または 50 mg/m3 未満のもの。または経口致死量 30 mg/kg 。毒性には種々あり、全身中毒のもののほかに、発ガン性のもの、接触部に作用するものがある。

  [例]ハロゲン、硫酸、硝酸、シアン化合物、水銀化合物、リン化合物、ベリリウム化合物、セレン化合物、ヒ素化合物、クロム酸塩、アンモニア、一酸化炭素、硫化水素、塩化水素、オゾン、アンチモン、カドミウム、ウラン、ネスラー試薬、アクリル酸エステル、ニトリル、アニリン、クロロホルム、ホスゲン、アルキルアミン、二硫化炭素、四塩化炭素、ピリジン、フェノール、ベンゼン、ナフタリン、エチルベンゼン、酢酸、無水酢酸、酢酸塩、メタノール、ニトロベンゼン、塩化ベンジルなど

 【有害性】

  有毒性の軽いもの。許容濃度 50〜200 ppm 、または 50〜200 mg/m3 のもの。または経口致死量 30〜300 mg/m3 のもの。これらの化合物を取り扱う際には、吸入、接触、および口中へ入れることを避ける。一時に多量を体内に摂取しない限り、急性中毒を起こさないが、長期間にわたると慢性中毒を起こす恐れがある。

  [例]亜硝酸ナトリウム、塩化銅、硫酸銅、塩酸、アセチレン、塩化ベンゾイル、ギ酸エステル、酢酸エステル、クロロ酢酸、クロロベンゼン、キシレン、ジオキサン、スチレン、ニトロフェノール、フラン、酢酸鉛、アルデヒド類

 【症状】

  ・皮膚障害性

    ヒ素、コバルト、希アルカリ、ピクリン酸、硝酸銀、ヨウ素、タール、ピッチ、酸、ホルマリン、クロム、タリウム、マンガン、セレンなど

  ・粘膜障害性

    アルデヒド、アルカリ性の粉塵及びミスト、アンモニア、クロム酸、エチレンオキシド、塩化水素、フッ化水素、二酸化硫黄(亜硫酸ガス)、三酸化硫黄(無水硫酸)、臭素、塩素、ヨウ素、臭化シアン、塩化シアン、二酸化窒素、ホスゲン、メチル硫酸など

  ・窒息性

    二酸化炭素(炭酸ガス)、ヘリウム、水素、窒素、メタン、エタン、一酸化二窒素(亜酸化窒素)、一酸化炭素、シアン化水素、ニトリル類、ニトロベンゼン、アニリン、硫化水素など

  ・麻酔性

    ほとんどの有機溶剤

  ・神経障害性

    二硫化炭素、ハロゲン化炭化水素、メタノール、四エチル鉛、チオフェン、マンガン、水銀など

  ・肝腎障害性

    四塩化炭素、テトラクロロエタン、トリニトロトルエン、ジオキサン、カドミウム、ウランなど

  ・血液障害性

    ベンゼン、フェノール、クレゾール、鉛、ホスフィンなど

  ・肺障害性

    難溶性粉塵、石綿、タルク、遊離ケイ酸、酸化ベリリウムなど

 【一般的防護法】

  ・実験室内に換気設備(ドラフト等)を設置し、実験は必ずその設備の中で実施する。

  ・防毒マスク・保護眼鏡・ゴム手袋・時には防毒衣などを準備または着用する。

  ・それぞれの有毒性物質に関する事前調査を行い、万一の場合に備えて解毒剤・応急措置法を熟知しておく。

  ・実験で腐食性物質を使用した後は、せっけんによる手の洗浄・うがい・洗顔などを励行する。

  ・万一飛散した場合の処理対策を事前に立てておく。

  ・毒物・劇物の廃棄の際には前もって無害化処理を行う。

(3) 強酸性物質、腐食性物質の取扱い

 (a) 酸

   硝酸(発煙硝酸・濃硝酸)、硫酸(無水硫酸・発煙硫酸・濃硫酸)、塩酸、フッ化水素酸、クロロスルホン酸、無水クロム酸などの無機・有機酸がこれに属する。

  【事故】

    水に触れると発熱するものが多い。また、有機物や還元性物質と混合すると発熱発火することがある。また、一般に酸には腐食性のものが多い。皮膚に付くと薬火傷を起こし、目に入ると失明することもある。金属・木材なども激しく犯される。

  【防護法】

   ・実験に用いる際には防護眼鏡・ゴム手袋などを着用する。

   ・ガラス容器中に入れて密栓し、破損せぬように冷暗所で貯蔵する。

 (b) 塩基・アルカリ

    水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)、水酸化カリウム(苛性カリ)、アンモニア水、アミン類など

  【事故】

    一般にアルカリはタンパク質を分解して組織の内部に浸透し、腐食を進めるため、酸よりも危険である。特に目・口などの粘膜を著しく冒して激痛を与える。目に入った場合には失明につながり、事故の際の処置はきわめて急を要する。また、飲み込んだ場合には胃穿孔などの大事に至ることもある。

  【防護法】

   ・実験に用いる際には防護眼鏡・ゴム手袋などを着用する。

(4) 発ガン性物質

  人間のガンの原因の 90% は化学物質であると言われている。私達の実験室内にも発ガン物質は数多く存在するので、それらの取扱いや保管は慎重に行わなければならない。発ガン性などを有して人体に特に有害な物質は「特定化学物質」として認定されている。

 【種類】

  (a) 人間に対する発ガン性が明らかにされている化学物質

     塩化ビニル、クロム化合物、コールタール、アスベスト、スス、2-ナフチルアミン、ビス(クロロメチル)エーテル、4-ビフェニルアミン、ベンジジン、ベンゼン、ベンゾトリクロリド、ビス(2-クロロエチル)スルフィド(マスタードガス・イペリット)、マゼンタ、オーラミンなど

  (b) 人間に対して発ガン性があると考えられる物質

     アクリロニトリル、エチレンオキシド、プロピレンオキシド、トルイジン、ベンゾピレン、ホルムアルデヒド、硫酸ジメチル、硫酸ジエチル、ベリリウム化合物、ニッケル化合物など

<有毒有害薬品の保管>

(1) 消防法で危険物と定められている薬品を必要以上に購入し保管するのは好ましくない。

(2) 試薬類を保管する薬品棚は施錠できる実験室などに設置し、夜間などで無人になる場合は必ず部屋に施錠する。

(3) 薬品棚には転倒防止の措置を講じ、薬品類を分類保管する。特に腐食性のあるものについては二重容器にするなどの配慮をする。

(4) 試薬の保管には小容量の安全な容器を用いる。

(5) 薬品容器には必ず薬品名を記入したラベルを貼る。ラベルは鉛筆書きにしないと消えてしまうことがある。

(6) 以下の試薬類は施錠保管薬品である。

    危険薬品:塩素酸カリウム、塩素酸ナトリウム

    有害薬品:シアン化カリウム、シアン化ナトリウム

    麻薬  :モルヒネ、アヘン、コデイン、ヘロイン(ジアセチルモルヒネ)、コカイン、マリファナ、ハシシュ、LSD(リセルギン酸ジエチルアミド)

    覚醒剤 :塩酸フェニルアミノプロパン、塩酸フェニルメチルアミノプロパン、塩酸エフェドリン、塩酸エピレナミン、アドレナリン、アンヘタミン、ベンゼドリン、デキシトリン、デキサメイル、メザドリン、メタンヘタミン、ビヘタミン

  これらの試薬類は錠のかかる鉄製薬品戸棚に保管し、その鍵を実験研究室の責任者またはその指定する教官が管理する。紛失したときには学科長に直ちに届け出る。また、これらの施錠保管薬品については使用簿を常備しておかなければならない。

(7) 法的に毒物・劇物として指定されている薬品類には「医薬用外毒物(赤地に白)」および「医薬用外劇物(白地に赤)」の表示が義務づけられているので、購入時にはこれらの表示に十分に注意する。これらの薬品類は他の薬品類とは別の鍵のかかる堅牢な薬品棚に保管し、薬品棚にも「医薬用外毒物」「医薬用外劇物」の表示をする。

(8) 有機溶剤類は危険物薬品庫に保管し、実験室等には最小必要量のみを置く。

<実験室廃棄物の保管と処理>

(1) はじめに

 実験室から排出される廃棄物の種類は量的には少ないが、その種類や組成は雑多である。従って、環境汚染防止の立場からたとえ微量であっても有害物質を自然環境中に放出することのないよう普段より十分に留意しなければならない。有害な実験廃棄物は排出者自らが適切かつ安全な形に無害化するべきである。

(2) 基本的方針

 実験廃液の取扱いは「同一処理が可能な化合物ごとに収集して保管し、定められた期日に廃棄物処理施設に引き渡す」のが基本である。特に貯留の際の収納容器は機械的な破損や腐食に耐えるものを選び、内容物の成分および組成を明らかにしたラベルを貼付し、危険物薬品庫などの安全な場所に保管する。一般には密閉できる 20 L 程度のポリタンクが好ましい。特に毒性の強い廃液については注意を要する。

 (a) 下水道法の排出基準に適さない水質の水は流しに流さない。下水に放流してもよいものは pH 5〜9 に中和した無害軽金属化合物を含む希薄水溶液と 5% 以下の無害生分解性有機物(アルコール・アセトン・脂肪酸・糖類・アミノ酸など)の水溶液のみである。

 (b) ゴミ用ポリバケツ等に実験廃棄物を貯留・排出しない。清掃局等で収集する一般ゴミは有害物を含まない処分可能なものに限られる。不要になった薬品ビンは必ず洗ってから捨てること。

 (c) 有害物を含んだ廃棄物を焼却炉等で燃やさないこと。

(3) 実験廃棄物の収集・貯留

 実験室の廃棄物は次ページ(p.10 )の図に示すように分類して貯留・保管する。

 (a) 錯イオン・キレート生成剤など処理に障害となる成分が共存する時は、それらを含む廃液は別に収集する。

 (b) 次の廃液は相互に混合してはいけない。

   ・過酸化物と有機物

   ・シアン化物・硫化物・次亜塩素酸塩と酸

   ・塩酸・フッ素酸などの揮発性酸と不揮発性酸

   ・濃硫酸・スルホン酸・オキシ酸・ポリリン酸などの酸と他の酸

   ・アンモニウム塩・揮発性アミンとアルカリ、

 (c) 悪臭を発するメルカプタン、アミンなどの廃液、有毒ガスを発するシアン、ホスフィンなどの廃液、および引火性の強い二硫化炭素、エーテルなどの廃液は液漏れを起こさないような処置を講じ、早期に処理をする。

 (d) 過酸化物、ニトログリセリンなどの爆発性物質を含む廃液は慎重に取り扱い、早期に処理をする。

 (e) 放射性物質を含む廃棄物は別途収集し、定められた処理規定に従って厳重に処理しなければならない。

 (f) 公共水域への排出基準等については別表2.3 (p.30)を参照してほしい。

 実験室廃棄物「ホ「不燃性「「「無機化合物「ホ「酸・アルカリ類

        、             セ「クロム酸混液

        、             セ「水銀およびその化合物

        、             セ「カドミウムおよびその化合物

        、             セ「鉛およびその化合物

        、             セ「ヒ素およびその化合物

        、             セ「シアン化合物

        、             セ「重金属およびその化合物

        、             セ「少量多品目無機化合物

、      セ「酸含有廃液

        、             カ「アルカリ含有廃液

        カ「可燃性「「「有機溶媒「「ホ「非ハロゲン系有機溶媒

                      セ「含ハロゲン系有機溶媒(難燃性)

                      セ「機械油など

                      カ「少量多品目有機化合物

(4) 処理上の一般的注意

 (a) 廃液によっては処理中に有毒ガスの発生および発熱・爆発などの危険を伴うことがあるので、処理前に廃液の性質を十分調査し、添加する薬剤を少量ずつ加えるなど、注意をしながら処理しなければならない。

 (b) 錯イオン・キレート生成剤などを含む廃液は単一の除去剤では処理できない時もあるので、適当な処置を講じ、一部が無処理のまま放流されることがないよう注意すること。

 (c) シアン分解のための次亜塩素酸ナトリウムの添加による遊離塩素、硫化物沈澱法による水溶性硫化物などによって、処理後の排水が有害となることがある。従ってこれらはさらに後処理が必要である。

 (d) 有害物質の付着したろ紙・薬包紙・ティッシュペーパー・廃活性炭・プラスチック容器などはごみ箱に捨てないで、別途収集し、焼却その他適当な処理を施した後、残渣を保管する。

 (e) 廃液処理に必要な薬剤を節減するため、廃クロム酸混液を有機物の分解に、廃酸・廃アルカリをそれぞれの中和に利用したりして、積極的に廃液の利用を考える。

 (f) クロム酸混液など有害物質を排出する薬剤の代わりに無害または処理容易な代替品を積極的に利用する。

 (g) メタノール・エタノール・アセトン・ベンゼンなど比較的多量に使用する有機溶媒は原則として回収利用し、残渣を処理する。

(5) 無機系実験廃液の処理法

 (a) 水酸化物共沈法

  (1) 廃液に塩化第二鉄または硫酸第二鉄を加えてよく撹拌する。

  (2) 水酸化カルシウムを石灰乳にして加え、 pH 9〜11 とする。

  (3) 放置後、沈澱物を濾別する。濾液は重金属類を含まないことを確認後、中和して放流する。

 (b) 硫化物沈澱法

  (1) 廃液中の重金属濃度が1%以下になるように水で希釈する。

  (2) 硫化ナトリウムまたは水硫化ナトリウム水溶液を加えてよく撹拌する。

  (3) 水酸化ナトリウム水溶液を加えて pH 9.0〜9.5 に調節する。

  (4) 塩化第二鉄水溶液を加え、pH 8 以上であることを確認の上、一夜放置する。

  (5) 沈澱は傾斜法で濾過。濾液は重金属の有無を確かめる。

  (6) さらに硫化物イオンの有無を検査し、これを含むときは過酸化水素水で酸化し、中和後放流する。

(6) 酸化・還元剤含有廃液

 (a) 酸化・還元剤をそれぞれ混合しても危険のないことを確かめ、よく撹拌しながらいずれか一方の液を少量ずつ加えて反応させる。

 (b) 少量の反応液を取り、酸性としてヨウ化カリウムデンプン紙でテストする。

 (c) 試験紙青変の場合(酸化剤過剰): pH 3 に調節。亜硫酸ナトリウムまたはチオ硫酸ナトリウム水溶液を試験紙が変色しなくなるまで加え、よく撹拌し一夜放置す    る。

 (d) 試験紙が変色しない場合(還元剤過剰): pH 3 に調節し、過酸化水素水を試験紙が僅かに変色するまで加えた後、亜硫酸ナトリウムを加えて一夜放置する。

 (e) いずれの場合もアルカリで pH 7 に中和し、塩類濃度 5% 以下として放流する。

 【注意】

  ・原則として酸化剤と還元剤は別々に収集する。

(7) 酸・アルカリ含有廃液

  (a) 酸・アルカリ廃液を相互に混合しても危険のないことを確かめ、いずれか一方を少量ずつ加える。

  (b) pH試験紙またはpHメータを用いて、 pH 7 付近になるまで酸またはアルカリ廃液を加える。

  (c) 溶液濃度5%以下になるよう水で希釈し、放流する。

 【注意】

  ・原則として酸含有廃液とアルカリ含有廃液は別々に収集する。特に支障がなければ相互に中和するか、または他の廃液処理に利用する。

  ・希薄溶液は大量の水で 1% 以下に希釈後排出してよい。

(8) 有機系実験廃液の回収

  原則として有機溶媒用の廃液回収容器に入れ、指定された危険物薬品庫などに密閉保管する。1年に2度の有機系廃溶媒回収の際に定められた容器に入れ、所定の書類を添付の上提出する(付録2(p.__)を参照のこと)。

 【注意】

 (a) 有機系実験廃液は

   ・可燃性溶媒:非ハロゲン系有機溶媒・動植物油脂類廃液(廃油)

   ・難燃性溶媒:含ハロゲン系有機溶媒・含水溶剤・含金属溶剤 に分類し、それぞれ別々に収集貯留する。

 (b) 収集容器としては密閉のできる 20 L 程度のポリタンクが好ましい。金属製の缶などは腐食により液漏れを起こすことが多い。

 (c) 使用済みの溶媒は可能な限り種類別に回収し、支障のない範囲で再利用を図る。

 (d) コロジオン、二硫化炭素、石油などの引火性の強いものはアセトン、ベンゼンの廃溶媒で十分に希釈する。

 (e) ジエチルエーテル、ジオキサン、ジイソプロピルエーテル、アセトアルデヒド、テトラリン、テトラヒドロフラン( THF )などは長期間の貯留の間に過酸化物を作りやすいので、これらもベンゼンなどの廃溶媒で希釈する。

 (f) 禁水性試薬を含むものは水に対して安定なようにしかるべき前処理をした後、水もしくは適切な廃溶媒で希釈する。

 (g) 還元性・酸化性試薬を含むものは適当に酸化還元反応を起こすもので分解した後、区分に従い貯留する。通常は水溶液が使用されるので、水を含む有機系廃液となる。

 (h) 酸クロリド・酸無水物・金属・一部の有機リン化合物など容易に加水分解するものは、水酸化ナトリウムか水酸化カルシウムを加え、室温または加温下に加水分解後、区分に従い貯留(含水有機系廃液として)する。

<主な有害有毒性薬品の危険性と事故対策>

 以下に主な有害有毒性薬品(毒性ガス・毒物・劇物)の薬害の症状と処置の方法を示す。

(1) ハロゲン類

 【症状】

  粘膜、目、のど、呼吸器官、皮膚などを激しく刺激する。灼熱感を与え、涙、せきなどが出るが、激しいとカタル症状を起こし、気管支炎、肺水腫、出血となり、窒息  死する。液状臭素が皮膚に付くと重傷の火傷になる。吸入濃度が比較的低い場合にも数時間後に症状が出ることが多い。ハロゲン化アルキル、ハロゲン化水素もハロゲンの毒作用に準じている。皮膚に付くと、その時はそれほどでなくても、時間が経つと炎症になる。

 【処置】

  塩素ガス

    ガスが噴出した場合には、呼吸を止めながら速やかに実験室を脱出する。エーテルとエタノール( 1:1 )混合物の蒸気をかがせるか、エタノールを吸入させると塩素の刺激を和らげ、咳を止める。飴をなめさせるのもよい。体を動かすことは呼吸困難を強めるから、安静が肝要である。肺水腫を予防するため、軽い場合でも 24 時間ぐらいは安静を保つ。

  臭素

    塩素と同様。うすいアンモニアをかがせるとよい。皮膚に付いたらよく水洗し( 30 分)、炭酸水素ナトリウム水溶液か食塩水に浸す。あとはグリセリンを塗る。

 【廃棄】

  臭素

    氷水に溶解または分散させ、亜硫酸ナトリウム水溶液等で臭素の色が無くなるまで還元した後、中和して廃棄する。

(2) シアン化水素とシアン化合物

 【症状】

  シアン化水素

    猛毒で、めまい、頭痛、脱力、意識不明、呼吸中止などを起こし、進むと中毒死する。皮膚からも吸収される。

  シアン化ナトリウム、シアン化カリウム

    飲んだ場合にシアン化水素中毒と似た症状になり、死亡する(約 0.25 g)。酸や水分により分解してシアン化水素を発生するから注意すること。

 【処置】

  シアン化水素(致死量 0.05 g )

    特に迅速な処置が必要。速やかに新鮮な空気中に搬出し、保温安静にして寝かせ、後頭部を冷やす。亜硝酸アミルのサンプルをガーゼやハンカチに包んだまま割って、鼻口にかざしてかがせる。これを1分間に 15〜30 秒の割合で繰り返す。(手当をしている人間はかいではいけない)。呼吸が止まったら直ちに人工呼吸を始めるが、その間も亜硝酸アミルを続ける。医師が到着したら亜硝酸ナトリウムの静脈注射、次いでチオ硫酸ナトリウムの静脈注射を行う。シアン化水素は経皮吸収されるからせっけん水と水で洗い患者の保温に留意する。中毒後10分位生命を保つなら、死ぬことはない。

  シアン化合物

    皮膚は十分にせっけん水で洗う。眼に入ったら大量の水で15分以上洗う。飲み込んだら、意識のある時は1杯の微温湯か食塩水を飲ませ、指をのどに入れて吐かせる。その後で、約 500 mL の 1% チオ硫酸ナトリウム水溶液を1杯づつ、15 分間に1回の割合で2回与える。亜硝酸アミルをかがせる。

 【廃棄】

 1. 廃液に水酸化ナトリウム水溶液を加えて pH 10 以上とし、約 10% の次亜塩素酸ナトリウム水溶液を加えて 20 分間撹拌、さらに次亜塩素酸ナトリウム水溶液を加えて撹拌後数時間放置する。

 2. 5〜10% の硫酸を加えて pH 7.5〜8.5 に調節し、一昼夜放置する。

 3. 亜硫酸ナトリウム水溶液を加えて残留塩素を還元する。

 4. シアンイオンの存在しないことを確認の上、放流する。

 【廃棄の際の注意】

 (a) 有毒ガスを出す恐れがあるので取扱いはドラフト中で行い、処理操作は慎重を要する。

 (b) 廃液はアルカリ性にする。酸性のままで放置しない。

(3) リンとその化合物

 【症状】

  リン

    リンは空気中で燃え、毒性の高い蒸気を発生する。粘膜を強く刺激し、肺を犯す。皮膚につくと激しい火傷をする。

  リン化水素

    漏洩の際は火気厳禁。吸入による急性中毒では、数分以内に呼吸困難、チアノーゼ、気絶、窒息性痙攣などが見られる。さらに、極度の疲労感、頭胸腹の痛み、吐き気、下痢も引き起こす。さらに吸入すると、肺水腫、運動失調、興奮と眠気などが起こり、48 時間以内に死亡することもある。

  有機リン化合物

    有機リン化合物は神経毒である。

 【処置】

  リン

    黄リンは治癒困難な第2度又は第3度の火傷を生じやすい。皮膚に付いたら直ちに水中か大量の流水で局部を洗い流す。(空気に触れると発火する)。火傷には 5% 重曹水を注ぎ、ついで 5% 硫酸銅液で洗浄し、リンを銅塩として固定してピンセットで除去する。この時に無理にはがさないこと。リンは強い毒性があるので注意しなければならない。後で油をつけてはいけない。

  リン化水素

    できるだけ早く酸素吸入をし、安静に保つ。呼吸停止なら人工呼吸を行う。速やかに医師の診察を受ける。

  リン化合物

    飲み込んだら硫酸銅( 3 g を水 200 mL に溶かす)を与える。さらに大量の水または食塩水を飲ませ、のどに指を入れて吐かせる。蒸気を吸入したら、持続的に酸素吸入をする。皮膚や眼をやられたら、十分に洗ってとる。

  有機リン化合物

    有機リン化合物(致死量 0.02〜1 g )

    気道を確保し、人工呼吸をする。万一飲み込んだ場合には催吐剤か水道水による胃洗浄で除去する。皮膚・頭髪・指の爪などに付着した有機リンは十分に洗い落とす。有機リン化合物に対しては硫酸アトロピンが有効である。

(4) ヒ化水素およびヒ素化合物

 【症状】

  ヒ化水素

    漏洩時は人を避難させ、緊急換気する。気体は清浄装置を通して排気する。吸入による急性中毒では貧血・黄疸・浮腫が現れる。皮膚からも吸収されるので、ガスマスクによっても完全には中毒を防げない。0.5 ppm でも急性中毒症状(めまい、頭痛、喉に刺激、肺浮腫など)が現れる。250 ppm 程度の濃度では即死、25〜50 ppm 程度では1時間半で死亡する。

 【処置】

  ヒ化水素

    酸素吸入を行い、速やかに医師の診断を受ける。呼吸停止の場合は人工呼吸を行う。

  ヒ素化合物(致死量 0.1 g )

    吐かせてから牛乳 500 mL を与える。2〜4 L の温水で胃洗浄を行う。一度に200 mL 用いる。

 【廃棄】

 1. 廃液に水酸化カルシウム水溶液を加えて pH 9.5 付近とし、十分に撹拌してヒ素の一部をあらかじめ沈澱分離しておく。

 2. 上記の濾液に塩化第二鉄を加え、アルカリで pH 7〜10 に調節して撹拌する。

 3. 一夜放置後、沈澱を濾過。沈澱は保管。濾液はヒ素を含まないことを確認した上で中和して放流する。

 【廃棄の際の注意】

 (a) As2O3 は極めて有毒である。慎重に取り扱わねばならない。

 (b) 有機ヒ素化合物を含む場合は、酸化分解後処理する。

(5) 一酸化炭素

 【症状】

   実験時のみならず、研究室内での暖房に伴い生成することがある。頭痛、吐き気、神経過敏、呼吸促進、めまいを起こし、やがて顔面紅潮し、意識あるうちに手足が動かなくなる。進むと精神混乱、失神、昏睡状態になり、呼吸が停止する。慢性中毒では頭痛・記憶力減退・無力感・知覚神経麻痺など。

 【処置】

   火気に注意しながら直ちに新鮮な空気の所へ静かに運び、絶対安静と保温をする。患者を歩かせてはならない。できれば日光の直射にあて、カフェイン・安息香酸などの中枢興奮剤を注射する。呼吸がよくできない時は人工呼吸を行うが、可能なら、酸素吸入がよい。重症の場合は特に速やかに酸素吸入を行う。また、重症者に対しては 30 分以内に 2 L 以上の交換輸血が有効であるので、早急に医師と血液の手配をする。意識回復後は 2〜3 時間は絶対安静にし、数日間は休養が必要である。

(6) 硫化水素

 【症状】

   目、呼吸器を刺激、呼吸困難になり、卒倒失神する。高濃度のものを吸うと即死する。疼痛を伴う眼症状を起こす。20 ppm 以上になると臭気が感じられなくなる。低濃度でもしばらくすると臭覚を失う。

 【処置】

   新鮮な空気の場所に移し、5% 炭酸ガスを添加した酸素吸入を行う。眼については洗眼と損傷結膜感染防止が必要である。

(7) セレン化水素

 【症状】

   漏洩した場合には火気厳禁。速やかに漏れを止め、水散布を行う。吸入による急性中毒では、0.2 ppm 以下に長く曝露された場合には呼気がにんにく臭を示し、吐き気、めまい、倦怠感を生じる。肝臓・ひ臓にも有害。溶血作用がある。1 ppm で眼・鼻・咽喉に耐え難い刺激を感じる。

 【処置】

   吸入した場合にはただちに新鮮な空気中に移動し、保温の上安静にする。必要に応じて人工呼吸を行う。また眼は水で 15 分以上よく洗う。できるだけ早く専門医に見せること。

(8) 二硫化炭素

 【症状】

   蒸気を吸ったり皮膚に触れたりすると神経系が犯され、中毒を起こして種々の障害を生ずる。蒸気は強い衝撃で自然発火し、有毒ガスを生ずる。

 【処置】

   飲み込んだ場合は、胃洗浄するか吐剤を与える温かくして寝かせ、換気をよくする。必要に応じて酸素吸入、人工呼吸。

(9) 二酸化硫黄

 【症状】

   目、粘膜、呼吸器を激しく刺激し、濃度が高いと肺水腫を起こし、窒息する。

 【処置】

   うがい(1〜3% 炭酸水素ナトリウム水溶液)を繰り返す。咳を止めるには飴をなめる。硫酸ナトリウム 20〜30 g を大量の水に溶かして飲ませる(解毒)。24 時間ぐらいは安静にする。

(10) 二酸化セレン

 【症状】

   蒸気を吸入した場合には悪寒、発熱、頭痛、気管支炎などを起こす。目に入った場合には結膜炎、眼球欠膜の大理石紋様変化、眼痛、視力障害がある。手に付くと爪の障害を起こす。

 【処置】

   口・鼻・目の粘膜・皮膚を 1% 重曹水で洗浄すること。

 【廃棄】

   廃液中の二酸化セレンは水を加えて亜セレン酸とした後、加熱下チオ硫酸ナトリウムで還元してセレンとして濾別除去する。

(11) 窒素酸化物

 【症状】

   肺水腫を主症状とする。

 【処置】

  二酸化窒素

    曝露後かなり遅れて突然発症するので、呼吸器症状が軽微でも酸素吸入を行うこと。鼻・目の粘膜・皮膚を 1% 重曹水で洗浄すること。

(12) 水素化ゲルマニウム(ゲルマン)

 【症状】

   漏洩の場合には分解爆発の危険があり、火気厳禁。蒸気を少なくするために水散布する。吸入による急性中毒ではアルシンと同様に溶血作用と腎臓障害を現す。

 【処置】

   速やかに酸素吸入を行い、医師の診断を受ける。呼吸停止の場合は人工呼吸を行う。アルシンの救急処置を参考にする。

(13) 水素化ホウ素(ジボラン)

 【症状】

   漏洩の際には火気厳禁。吸入による急性中毒では粘膜刺激、頭痛、吐き気、衰弱、引きつけ、胸の締め付け、咳、呼吸困難、肺水腫、溶血作用などを示す。また、吸入により嗅覚が鈍化する。

 【処置】

   吸入した場合には速やかに新鮮な空気中に移動し、保温・安静の上で 100% 酸素を吸入する。呼吸停止の場合には人工呼吸を行う。すぐに医師の診察を受けること。眼は瞼を持ち上げて 15 分間洗浄し、すぐに専門医の診察を受ける。皮膚は大量の水で 15 分間洗浄し、熱による火傷と同様の手当をする。

(14) 四フッ化ケイ素

 【症状】

   吸入による急性中毒では、呼吸器や眼への刺激、肺の炎症と鬱血、循環器の衰弱、肺水腫、骨硬化症などを引き起こす。皮膚にも強い痛みを感じ、ひどい火傷となる。

 【処置】

   吸入した場合にはただちに新鮮な空気中に移動し、保温・安静の上 100% 酸素吸入(重症の場合には加圧)を行う。作用の穏やかな鎮痛・鎮静剤(アスピリンなど)を与えてもよい。呼吸停止の時は人工呼吸を行い、速やかに医師の手当を受ける。眼は 15 分間水で洗浄し、氷の湿布をした上で至急眼科医の手当を受ける。

(15) ホスゲン

 【症状】

   猛毒。呼吸道粘膜の炎症・浮腫を起こし、重症の場合は肺胞内に水分が浸出して肺水腫を起こす。呼吸中枢を刺激する。

 【処置】

   ホスゲンはきわめて猛毒である。従ってガスが噴出した場合には、呼吸を止めながら速やかに実験室より退避する。重症の肺水腫を起こすので、汚染衣服を除去し、身体を 2% 重曹水で洗浄する。酸素吸入はできるだけ早く開始する。20% アルコールをくぐらせた酸素の吸入は呼吸困難を緩和する。

 【廃棄】

   ホスゲンを含む廃ガスは水酸化ナトリウム水溶液中に導入して完全に分解する。

(16) 水銀およびその化合物

 (a) 金属水銀

  【取扱い上の注意】

    水銀は比重が大であるので、運搬などの途中でガラス容器の底が抜けることがある。事故防止のために保存には容積の小さいビンを使用し、運ぶ際には底の下から確実に支えるようにする。また、実験室内では水銀シール、期待分析器(水銀バルブ)、アマルガム調製などでしばしば水銀を使用する。この際にはけっして床にこぼさぬように机の上に箱や盆を置き、金属水銀を操作して誤ってこぼしてしまっても室内に散乱しないようにする。また、開放容器に保存する場合には、必ず水で水銀表面を覆って水銀蒸気の揮発を防ぐ。

    万一水銀を実験台や床にこぼした場合には、できるだけ寄せ集めて回収した後、亜鉛粉末を撒いてアマルガムとして集める。電気掃除機などを使うと、掃除機内やゴミが汚染されるだけではなく、水銀が蒸発・飛散して空気を汚染して危険であるので、掃除機は絶対に使わないこと。水洗いすると排水が汚染される。

  【症状】

    水銀の表面からは室温でも水銀蒸気が揮発している。この蒸気を吸入したり、接触したりすると、ノイローゼ様症状(不眠・意志集中不能・記憶力低下)、味覚異常、手足のふるえ、感情の不安定などが起こる。特に手(舌、脚)のふるえは特徴的で、字を書いたり水を飲むというような動作時に激しく現れる。水銀が筋肉内に入った時は、その部分を切除する以外に対策が無い。

  【処置】

    金属水銀中毒の場合には、水銀をキレートして尿へ排泄させる。治療剤としては D-ペニシラミン、チオラ、グルタチオンなどが使用される。

 (b) 水銀塩

  【症状】

    経口数分ないし数時間で胃のやける感じ。痛み、吐き気、嘔吐、吐血、下痢、血便を起こす。重症の時は全身痙攣、虚脱を生じ死亡する。皮膚接触で皮膚炎が起こる可能性あり。

  【処置】

    水銀化合物(塩化水銀の致死量 70 mg )

     沈澱剤として水またはスキムミルクでといだ卵白を与える。ただちにジマーカプロール( BAL )および水 200 mL に 30 g の硫酸ナトリウムを溶解した液を下剤として与える

  【廃棄】

    水銀で汚染された濾紙、衣類などは不透過性の容器に密閉しておく。水銀塩を含む液状廃棄物は特定の容器中に分別貯留する。特に廃棄処理を行う場合には、

    1. 廃液に硫酸第一鉄( 10 ppm )、および水銀イオンに対して 1.1 当量の硫化ナトリウム・9水和物(Na2S・9H2O)を加え、十分に撹拌する。pH は6〜8 に保つ。

    2. 放置した後沈澱を濾別。濾別残渣は保管する。

    3. 濾液はさらに活性炭吸着法やイオン交換樹脂による後処理を行う。

    4. 処理後の廃液中に水銀イオンが検出されないことを確認の上、放流する。

(17) カドミウムおよびその化合物

  【廃棄】

   1. 廃液に水酸化カルシウムを加えて pH 10.6〜11.2 にして十分に撹拌した後、放置する。

   2. 最初に上澄み液を濾別したのち、沈澱を濾過する。沈澱は保管する。

   3. 濾液はカドミウムイオンの存在しないことを確かめ、中和後放流する。

  【廃棄の際の注意】

    多量の有機物やシアンを含むものおよび錯イオンを作るものが含まれる時は、あらかじめ分解して除去しておかなくてはならない。

(18) 鉛およびその化合物

  【症状】

    鉛:致死量 0.5 g

  【処置】

    1〜2 時間以上デキストロール 10% 水溶液を与える( 10〜20 mL/kg )。またはマンニトール 20% 水溶液を 10 mL/kg の量が与えられるまで 1 mL/min の速度で点滴静注する。

  【廃棄】

   1. 廃液に水酸化カルシウムを加えて pH 11 にする。

   2. 硫酸アルミニウム(凝集剤)を加え、硫酸で徐々に pH 7〜8 とする。

   3. 放置後、液が十分に澄み切ったら濾過し、濾液は鉛イオンが含まれないことを確かめた後放流する。

(19) クロム化合物

  【症状】

    急性では目や皮膚、粘膜を強く刺激し、結膜炎、皮膚炎、潰瘍などを起こす。また6価クロム化合物には発ガン性がある。

  【廃棄】

   1. 硫酸を加えてよくかき混ぜ、pH 3 以下にする。

   2. 亜硫酸水素ナトリウムの結晶を液の色が黄色から緑色になるまで少量ずつかき混ぜながら加える。

   3. クロム以外の金属を含むときは、Cr(IV) の消失を確認した後、クロム含有廃液として保管する。

(20) バリウム塩

  【症状】

    バリウム:致死量 1 g

  【処置】

    30 g の硫酸ナトリウムを水 200 mL に溶かし、経口適にあるいは胃洗浄チューブを用いて与える。

  【廃棄】

    廃液に硫酸ナトリウム水溶液を加え、できた沈澱を濾別する。

(21) 銀塩

  【処置】

   硝酸銀

     茶さじ 3〜4 杯の食塩をコップ1杯の水に溶かして飲ませ、その後吐剤を与えるか、胃洗浄、あるいは牛乳をあたえる。次に下剤として硫酸マグネシウム 30g を大量の水とともに与える。

(22) 銅塩

  【処置】

   硫酸銅

     フェロシアン化カリウム 0.3〜1.0 g をコップ1杯の水に溶かして飲ませる。せっけん水か炭酸ナトリウム水溶液でもよい。

(23) 過酸化水素水

  【症状】

    25% 以上の溶液が皮膚や目に触れると激しい炎症を起こす。

  【処置】

    速やかに大量の水で洗う。

(24) 有機溶媒類

  【一般的症状】

    一般に吸入すると麻酔作用で意識不明になる。進むと呼吸や循環機能まで犯され、時には死亡する。皮膚に作用して(脱水)荒らす。エーテル、クロロホルム、エタノールなどが代表的なもので、特に2種以上の物質が同時に作用すると、その効果は大きい。

  【一般的処置】

    危険な急性中毒は低沸点溶剤によって起こりやすく、呼吸器からの侵入による中毒が主である。経皮吸収もある。一般に麻酔作用があり、重症の場合には意識障害・呼吸中枢麻痺を起こす。救急処置は一般法と同じであるが、洗浄には合成洗剤と水を用いるとよい。後遺症が残ることがあるので注意が必要である。

 (a) ジエチルエーテル

  【症状】

    主な作用は麻酔作用である。1期:大脳皮質、延髄が麻酔し、痛覚の鈍麻が起こる。2期:次いで意識混濁、自制心消失、うわごと、体動亢進、反射亢進。3期:発揚状態は消失、反射機能消失、骨格筋の弛緩など。4期:延髄が冒され、呼吸中枢が抑制、呼吸停止。

 (b) アセトン

  【症状】

    高濃度曝露時に粘膜刺激作用。麻酔作用あり。反復接触皮膚障害。

 (c) メタノール

  【症状】

    致死量:経口サルLD 7000 mg/kg。皮膚からも吸収される。体内に蓄積された中間代謝産物のうち主としてホルムアルデヒドは視神経・網膜に退行変性を引き起こす。中枢神経症状、眼症状、腹部症状、呼吸困難の急性症状は中間代謝産物であるホルムアルデヒド・ギ酸などによって起こったアシドーシスが原因である。

  【処置】

    大量( 4 g )の炭酸水素ナトリウムを 15 分ごとに4回飲ませる。この中毒は、起こってから数時間して急に悪化することもあるので、軽いようでも 24 時間は医師の監督のもとに置くこと。

 (d) ベンゼン

  【症状】

    蒸気を吸入すると、慢性あるいは急性の中毒を起こす。急性の場合は精神が混乱し、死亡する。慢性になると骨髄の造血機能が障害を受け、白血球数の減少・致命的貧血・血小板数減少などを起こす。その結果、体がだるい、鼻・歯ぐき・皮下の出血、貧血症状を呈し、白血病も認められる。発ガン性があることも明かにされている。

 (e) ヘキサン

  【症状】

    大部分は肺から吸収されるが、皮膚や消化管からも吸収される。急性中毒についてはほとんど報告はない。慢性中毒の場合、多発性神経障害が見られる。軽症では意識障害、中等障害では知覚・運動障害、重症の場合には筋萎縮を起こす。

 (f) 酢酸エチル

  【症状】

    肺・消化管から吸収される。経皮的にも吸収される。粘膜に対する刺激作用と同時に麻酔作用あり。 400 ppm 曝露で目・鼻・咽喉に刺激症。中性中毒死では上部気道充血、心外膜・胸膜の点状出血、肝臓・腎臓の充血、出血性胃炎が見られている。

 (g) クロロホルム

  【症状】

    以前は麻酔剤として用いられてきたが、肝臓および腎臓障害を引き起こすことが明かとなっており、今日では利用されていない。

 (h) 四塩化炭素

  【症状】

    蒸気は呼吸器から、液体は皮膚から吸収される。低濃度の蒸気を繰り返し吸入すると、強い肝臓及び腎臓障害を引き起こす。

(25) 一般の有毒性有機化合物

 (a) ニトロベンゼン

  【症状】

    皮膚及び肺から容易に生体に吸収される。蒸気を急激に大量吸収したり、衣類や皮膚に汚染があると発症する。急性中毒・頭痛・めまい・悪心を訴え、まもなく意識不明となる。昏睡に陥り、呼吸が不規則となる。皮膚は顕著なチアノーゼを示す。

  【処置】

    コーヒーかジュースを飲ませる。普通の頭痛薬はいけない。コデインで頭痛は軽減する。

 (b) アニリン

  【症状】

    蒸気を吸入し、皮膚から吸収して中毒する。唇や舌、粘膜、爪などが青くなる。次第に頭痛、吐気、睡気がして、意識不明になる。

  【処置】

    コーヒーかジュースを飲ませる。普通の頭痛薬はいけない。コデインで頭痛は軽減する。

 (c) フェノール類

  【症状】

    皮膚、粘膜、肺などから速やかに吸収され、中枢神経を犯す。急性の場合は死亡する。慢性の場合は、消化障害、神経異常などが起こり、死亡することもある。皮膚につくと腐食作用を起こし、炎症から壊死にいたる種々の局所障害を示す。飲むと死ぬ。

  【処置】

    皮膚はその臭気がなくなるまで流水で完全に洗う(せっけんもよい)。大量の70% エタノールか、20% のグリセリンで洗うことができればさらによい。そのあとで3% チオ硫酸ナトリウム水溶液を浸した湿布で包帯する。飲んだら、大量の食塩水を飲ませて、フェノール臭のなくなるまで吐かせる。その後で硫酸ナト    リウム1さじを水に混ぜて与える。

 (d) ホルムアルデヒド

  【症状】

    目、皮膚、呼吸器を刺激する。連続して吸入すると、催眠作用をする。人によっては、ホルムアルデヒドに著しく感度の高いことがあるから注意。

  【処置】

    ガス吸入の場合は、一般法に従って処置し、濃いコーヒーか茶を与える。飲み込んだら、まず牛乳を多量に飲ませる。または炭酸水素ナトリウムを茶さじ1杯、水とともに与えてから、吐かせる。

 (e) アセトアルデヒド

  【症状】

    高濃度蒸気は目・鼻・咽喉の粘膜および皮膚を刺激する。全身的には麻酔作用・意識混濁。気管支炎の初期、慢性アルコール中毒に似ている。

 (f) フルフラール

  【症状】

    粘膜を刺激し、0.1% 以下の蒸気でも催涙ガスと同様の作用がある。慢性の吸入では神経障害、視力障害などを起こす。

 (g) アクロレイン

  【症状】

    蒸気は目・鼻を強く刺激し、吸入すると気管支炎を起こす。液が皮膚に付着すると激しい炎症を起こす。催涙性が強い。

 (h) ジメチル硫酸

  【症状】

    皮膚浸透により全身的な中毒症状を示す。皮膚に付着した部分は強い発赤、水泡と痛みを伴って壊死を起こし、容易には治らない。蒸気に触れると目・鼻・咽喉・声帯に炎症を起こす。これらの症状は曝露後約 10 時間後に発現する。強い腐食作用を持つと同時に、中枢神経毒性もある。発ガン性の疑いも持たれている。

  【処置】

    皮膚に付着した場合には直ちにせっけん水で洗浄し、大量の水で洗う。こぼした場合には直ちに大量の水で洗浄する。

 (i) エチレンイミン

  【症状】

    皮膚・粘膜を激しく刺激する。液体が皮膚に付着すると激しい薬傷を起こし、特に目に入ると角膜を損傷する。蒸気を吸入すると呼吸器・肺の炎症を起こす。最近発ガン性のあることが明らかにされている。

  【処置】

    目に入った場合には直ちに大量の水で洗い、希ホウ酸水で洗う。皮膚に触れた場合にはせっけん水で十分に洗う。

<酸およびアルカリ>

(1) 酸

  【一般的処置】

   1. 接触した時には直ちに大量の水道水で洗い流す。その後、1〜2% 炭酸水素ナトリウム(重曹)水で中和し、さらに充分に水洗する。傷のひどい時は軟膏類を塗って包帯する。傷の程度によっては直ちに病院で診察を受ける。

   2. 飲み込んだ場合は酸化マグネシウムを懸濁させた 200 mL の乳濁液、水酸化アルミニウムのゲル、または牛乳とか水を飲ませて直ちに希釈する。緩和剤として少なくとも 12 個のとき卵を与える。炭酸ナトリウムとか炭酸水素ナトリウムは炭酸ガスが発生するので、与えてはならない。

   3. 目に入った場合はまぶたを広げて 15 分間水で十分に洗浄する。

   4. 床・実験台などにこぼした時や衣類に付着した時も上記に準じて処理する。中和剤として水酸化カルシウム(消石灰)・炭酸カルシウムなども用いられる。ただし、中和熱が大きいため、すぐに中和作業をすると被害を拡大することがある。従って一般に酸を皮膚や衣類に接触させた時は(禁水性のものを除き)まず大量の水で流すのが良い。不揮発性の酸が衣服に付着した時などは、水洗いが不十分だと水分の蒸発により酸が濃縮され、後で腐食が進行する。

 (a) 濃硫酸

   【症状】

     強力な脱水作用により皮膚・粘膜および水分とも薬傷を起こす。

   【処置】

     酸の場合の一般的処置を行う(p.23 参照)。

   【取扱い上の注意】

     硫酸中に水を加えると激しく発熱し、溶液が飛散したり器具が破損したりするのできわめて危険である。濃硫酸を希釈する場合には、水中に徐々に硫酸を加えていく。

 (b) 発煙硫酸

   【症状】

     皮膚や目に付着すると重症の薬火傷を起こす。

   【処置】

     酸の場合の一般的処置を行う(p.23 参照)。

   【廃棄】

     大量の水に少量ずつ滴下した後、中和して廃棄する。

 (c) 濃硝酸

   【症状】

     皮膚および粘膜に触れると激しい薬火傷を起こす。軽度の接触でも皮膚が黄変する。高濃度の蒸気を吸入すると呼吸器を刺激し、肺水腫を起こす。

   【処置】

     酸の場合の一般的処置を行う(p.23 参照)。

   【取扱い上の注意】

     有機物と接触すると二酸化窒素ガスを発生し、火災を起こす恐れがあるので注意を要する。

   【廃棄】

     大量の水で希釈した後、アルカリにて中和して廃棄する。

 (d) 発煙硝酸

   【症状】

     目・皮膚・粘膜に付着すると激しい薬傷を起こす。二酸化窒素ガスを大量に含んでいるので、硝酸の蒸気と同様に吸入すると気管支炎および肺水腫を起こす。

   【処置】

     酸の場合の一般的処置を行う(p.23 参照)。

   【廃棄】

     大量の水で希釈した後、アルカリにて中和して廃棄する。

 (e) 濃塩酸

   【症状】

     ミストを吸入すると粘膜を刺激する。目や皮膚に触れると炎症を起こす。

   【処置】

     酸の場合の一般的処置を行う(p.23 参照)。

   【廃棄】

     アルカリで中和後、大量の水で希釈して廃棄する。

  (f) 臭化水素酸

   【症状】

     皮膚・粘膜を侵す。

   【処置】

     酸の場合の一般的処置を行う(p.23 参照)。

   【廃棄】

     アルカリで中和後、大量の水で希釈して廃棄する。

 (g) 過塩素酸( 60% および 70% 水溶液)

   【症状】

     強い腐食性があり、皮膚・粘膜・目等に接触したり、誤って飲み込んだり吸入したりすると激しい刺激がある。

   【処置】

     酸の場合の一般的処置を行う(p.23 参照)。

   【廃棄】

     こぼした場合には大量の水で洗い流す。廃棄する場合には大量の水で希釈する。

 (h) フッ化水素酸

   【症状】

     皮膚・粘膜にきわめて強い刺激性と腐食性をもつ。蒸気を吸入すると肺水腫、気管支炎を起こす。液が付着するととう痛が激しく、薬火傷を起こす。1〜2%の水溶液が付着した場合には直ちに痛みはないが、数時間後に障害が現れる。

   【処置】

     皮膚を激しく腐食するので、30 分間水洗後マグネシア泥膏(酸化マグネシウム 20 g、グリセリン 80 g )で覆い、乾いた包帯をする。呼吸器が冒された時は絶対安静を保つようにする。

   【取扱い上の注意】

     白金・金以外の全ての金属、ガラスなどを速やかに腐食するので、フッ化水素酸の保存容器には金・白金、またはプラスチック製のものを用いる。

   【廃棄】

     消石灰にてフッ化カルシウムとして沈澱させ、濾別して除去する。濾液は廃棄する。

 (i) クロロスルホン酸

   【症状】

     皮膚・目・粘膜を激しく侵す。発煙したガスを吸入すると呼吸器・肺の炎症と充血を起こす。

   【処置】

     ハロゲンの場合と同様の処置を行う(p.12 を参照のこと)。

   【廃棄】

     ドラフト中に通常の反応装置を組み立て、多量の氷水を入れて撹拌しながらクロロスルホン酸を少しずつ滴下して分解する。分解液はアルカリで中和して廃棄する。

 (j) 酢酸

   【症状】

     濃厚溶液が皮膚に触れた場合、速やかに除去しないと激しい火傷を起こす。高濃度蒸気は粘膜や歯を侵す。目に入った場合も激しい傷害を起こす。

   【処置】

     酸の場合の一般的処置を行う(p.23 参照)。

   【廃棄】

     中和して廃棄、または焼却する。

 (k) ギ酸

   【症状】

     脂肪酸中では最も強い刺激性・腐食性を持つ。皮膚からも吸収され、皮膚・粘膜を強く刺激し、炎症を起こす。

   【処置】

     酸の場合の一般的処置を行う(p.23 参照)。

   【廃棄】

     中和して廃棄する。

(2) 塩基・アルカリ

  水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、アンモニアなど

 【一般的処置】

  1. 皮膚や衣服にアルカリが付着した場合には、直ちに大量の水道水で洗い流し、希酢酸( 1〜2% )あるいはホウ酸液( 1% )で中和洗浄後さらに水洗いする。すぐに中和すると発熱し、中和しないと皮膚などの腐食が進行する。酸とは逆で、アルカリに対しては動物性繊維の方が植物繊維よりも弱い。傷のひどい時にはやはり軟膏類を塗って包帯する。

  2. アルカリが付着してしまった衣類は速やかに着替える。

  3. 飲み込んだ場合は直ちに食道鏡を用いて患部を直接、1% 酢酸水溶液で中和するまで洗う。次いですみやかに 500 ml の希薄食酢(食酢1部+水4部)またはオレンジジュースで希釈する。

  4. 目に入った場合は、まぶたを広げて 15 分間水で連続的に洗浄する。

  5. 実験台や床などにこぼした時でも水で薄め、希酢酸で中和後、拭き取る。あるいは十分な量の水で流す。

  6. 水酸化カルシウム(消石灰)、炭酸ナトリウムなど比較的弱い塩基でも皮膚などに付着したままにしておくとかなり冒されるので、できるだけ早く大量の水で洗い流す。

 (a) 水酸化ナトリウム

   【症状】

     皮膚組織を強く腐食する。粉塵やミストを吸入すると呼吸器官に損傷を与える。目に入ると角膜を侵し、失明することがある。

   【処置】

     アルカリの場合の一般的処置を行う。

   【取扱い上の注意】

     空気中から水分や二酸化炭素を吸収しやすい。熱濃厚水溶液はガラスを腐食する。

   【廃棄】

     水に少量ずつ加えて溶解し、酸で中和して廃棄する。

 (b) 水酸化カリウム

   【症状】

     水酸化ナトリウムよりも腐食性が強い。

   【処置】

     アルカリの場合の一般的処置を行う(p.26 参照)。目に入った場合には速やかに上記の処置を行い、眼科医の診断を受ける。

   【取扱い上の注意】

     空気中から水分や二酸化炭素を吸収しやすい。熱濃厚水溶液はガラスを腐食する。

   【廃棄】

     水に少量ずつ加えて溶解し、酸で中和して廃棄する。

 (c) アンモニア

   【症状】

     粘膜や眼を刺激し、炎症や腐食作用を起こす。強く犯されると呼吸困難になる。液体アンモニアに触れると、激しい凍傷を起こす。

   【処置】

     直ちに新鮮な空気の所に移し、陽圧で酸素吸入を行う。目に入った場合には寝かせて少なくとも 5 分間角膜を水洗し、その後に酢酸かホウ酸の希薄水溶液で洗う。

   【廃棄】

     水に溶解させ、酸で中和して廃棄する。

<岩手大学工学部発行の「安全マニュアル 第2版」について>

 以上の注意事項は岩手大学工学部が平成15年3月に発行した「安全マニュアル 第2版」の中から関連する部分を抜粋したものである。ちなみに「安全マニュアル 第2版」は平成15年4月より岩手大学工学部の全教職員・在校生・新入生全員に無料で配布されている冊子であり、教育研究活動を安全に進めていくための研究分野ごとの注意事項が細かく記載されている。本冊子の内容に関する問い合わせや取り寄せの希望等は下記の部署で取り扱っている。

〒020-8551 岩手県盛岡市上田4丁目3-5 岩手大学工学部総務係(TEL 019-621-6304 FAX 019-621-6312)